父親その3

布団の上で、顔に白い布を被せられて寝ていた。
父親である。
さすがにここまで来ると、現実を直視せざるをえない。


泣かずにはいられなかった。母親、妹、叔父の家族、みんな泣いていた。
母親が布をめくっていたが、俺は父親の顔を直視できなかった。
ずっと、壁を向いて泣き続けていた。


検死の人の話によると、死亡時刻は、午前11時くらいらしい。
9時間近くも野晒しになってたのか。可哀想に。


「私が負い目を感じるように、わざとこんな死に方をしたのよあの人は。」


母は、疲れきった顔でそうぼやいた。


その後、父親の妹の家族が到着。みんな泣いていた。


悲しみに浸る間も泣く、大人たちは通夜や葬式の日取りの話し合いをしていた。
日にちの関係で、二日間置いて、3日目に通夜をするらしい。
夜も遅かったため、それだけを決めて、全員寝ることになった。



俺は眠れなかった。父親のことをずっと考えていた。
夜中の二時くらいだろうか、俺は父親のいる和室に行った。
父親がいる。布をとる。
とても死んでいるとは思えなかった。
普段の寝顔と何も変わらない。揺すったら起きそうな気すらする。
顔に触れてみる。冷たい。堅い。これが死ぬってことか。
俺は泣き崩れた。

「ごめんな。ごめんな。」

俺は、泣きながらずっとそればかり言っていた。
俺は父親に、何も親孝行らしい親孝行をしていない。
21年間育ててもらって、恩をもらったままだ。
就職する姿も、結婚する姿も、孫の姿も、何も見せられないまま死んでしまった。
ちょっと死ぬの早すぎだよ。もうちょっと待ってよ。
先月父親が退院した時俺は母親に、「今度お父さんを、野球見に東京ドーム連れていこうかと思ってる」と言っていた。
父親は野球が好きで、ちょくちょく見に行っていた。
そう俺が言っていたのを母親から聞いた父親は、とても嬉しそうにしていたらしい。
こんなことなら、さっさと連れていくんだった。
親孝行をしようか、と思い始めた矢先に死んでしまった。
「俺も死んだら、あの世で親孝行するから。」
泣きながら、そんな言葉を口に出した。
生きている時には、こんな台詞絶対に言わなかったくせに。
後悔しか浮かんでこない。ごめんとしか言えない。
夜明け近くまで、俺は父親のそばで泣いていた。
人生で、ここまで泣いたことは無い。自分でも驚いた。